芸術性理論研究室:
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12.04.2008
METAFORCE ICONOCLASM VOLUME.4-3.6
かなについて
 

書道・習字において、一枚の半紙・短冊の中に同じ文字が複数回登場する場合、「同じ形にしてはならない」という暗黙のルールがあります。特に「かな」と呼ばれる、小筆を用いての書は、ことさら厳しく注意されます。グーテンベルクを遠くへ押しやってしまった活字・ワープロ文化の中で生きる現代の私達には、整序・統制されたものに美の系を読み与えるかもしれませんが、墨と毛筆といった未完成な道具を使用して、ハンドメイドしていく世界では、量産からの流布・布教よりも、「そこにあるものすべて」が重要になるので、叙情・表現が筆頭となり、文言だけではなく書体も作品の一部になります。

人口に膾炙しているとおり、日本文化史では「紀 貫之」なる男性が違反をおかすまでは、かな文字の使用は女性だけのものだったと伝えられています。単語ではなく、文字自体とその使用者へまで、ジェンダーとサンクションを与え、「差別」を構成してきた「その昔」なのですが、なぜ、かな文字は「女性だけのもの」だったのでしょうか。その形体が女性の肢体に近似しているからでしょうか。当研究室では、ここに「かな」の形而上学的理由を制作賦与したいと思います。

漢字を割りふることも可能ですが、それを単純化して生まれた平仮名は、自体的な意味内包・帰属の主張から解放された日本語の最小単位であり、かつ表音・音節文字になります。平仮名さえ覚えれば、初めて聞く単語や意味不明な科白も、聴覚伝達から視覚変換・制作できる、大変優れた文字文化になります。アルファベットを覚えてもスペルが分からなければ書けない欧文と違い、日本語には平仮名という裸の文字があり、修得不全であったとしても、─文法や構文の問題はあるものの─ 赤裸々に想いを表現できます。この表現可能性にこそ、平仮名を裸と呼ぶ理由があります。

少しだけ、ロゴス至上的に描写してみます。私達が思考から制作・表現行為へ跳躍する最後の階梯において、『音なき思考音』から『形なき形象』へと対応関係を築いているとするのならば、欧文思考は音と形、それぞれに対して制度化された対応表を必要とする“ dual code ”になります。しかし日本語による思考は、コンサマトリズムを突破さえすれば、一音一語の表音性によって、世界へ向けて臨在の干渉が可能になります。その“ single code ”は日本語を習い覚える初等段階での必須項であるため、「裸の文字」は「文字の裸」ではなく『心の裸』を意味してしまいます。

トップシステムから「関係の関係」は不透明で見えにくいものです。それは表記支配においても同様で、漢字のような“ dual code ”よりも「かな」による秘匿なき構造のほうが容易に事を成し遂げられるはずです。つまり、男性優位による女性の支配と、開いてみれば同等か内容空虚な男性自身の心情を隠蔽するニヒリズム/内柔外剛の表れだったという良くある理由によって、「かな」は女性へ押し付けられただけのことです。

ふたつとない、唯一限局的な問題の全肯定によって作られ守られる「かな」による書の美しさに触れる時、私達は手でしたためられた有機的な流れをなぞる中で、本来的な無常を取り戻します。そして、またひとつ実様相を手に入れることでしょう。心の複製不可能性についてです。現代では様々なテクノロジーによって、「同等の比較」が可能な文化ですが、心域において同等の構成要素・プログラムを複数並列して比較することはできません。産出原理を固定して「同等」をつくっていく「量産」、オリジナルを固定してノイズを加えていく「コピー」、オリジナルのみを固定して、方法を問うことなく忠実に再現を遂行する「複製」(*)、それらはみな心的現象には起こらない物理であるにもかかわらず、心は「同等の並列」を描いていきます。これは、プラトン(ソクラテス)から綿々と続く問題であり、現代においても尚、思想を超えないアポリアのひとつです。

(*)再生産に関しては、以下に参考としている論述がありますが、同論ではありません。
H.R.マトゥラーナ/F.J.ヴァレラ[1970,1973,1980]『オートポイエーシス』(河本英夫 訳) 国文社1991 105頁以下。同著者[1984]『知恵の樹』(管 啓次郎 訳) ちくま学芸文庫1997 73頁以下。

この難問に関しては別の機会に譲るとしますが、このコラムでは一回性の重要度を再主張しておきます。無機的な傷なき製品は他者の所有とエレメントの可能項製作にしかならず、自己表現の全強度を流出させることは困難であるということです。一回の理由と一回の傷のならび、それはあなただけのもの・開示なのです。

 

2008年12月4日
ayanori [高岡 礼典]
SYLLABUS_2008